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私の筆では伝えられないので、司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」7巻より引用します。
日本を革命の戦火から救うのはその一手しかないのである。
さらには、家康以来の徳川家のその家名を日本の後代に残す手もそれ以外にないし、また土佐の老公山内容堂の板挟みの苦しみを一挙に解決する手も、これしかない。
奇術的な手ではある。
技術として困難ではある。しかし、右の三つの難問を一挙に解決できる手は、これしかないのではないか。
竜馬が土佐屋につくと、すでに菅野覚兵衛ら一同が詰めかけていた。
「うらはな、京へのぼる」
と、竜馬は土佐弁の一人称でいった。
「成功するかどうかはわからぬが、いまのままの情勢を放置しておけば、日本にもフランスの革命戦争か、アメリカの南北戦争のごときものがおこる。惨禍は百姓町人におよび、婦女小児の死体が路に累積することになろう」
竜馬は、自分が打ち出そうとする策をあっさりと打ち明けた。
最年少の中島作太郎がおどろき、
「坂本さん、そりゃ、前説とちがう。以前はなにがなんでも徳川を砲煙のなかで倒す、多少の戦禍はやむをえない、とおっしゃっていたではありませんか」
「思えば、おれも年少客気だったなあ」
竜馬は、あごをなでた。
「ずるい」
「そうそう、ずるい」
「それに、食言漢、変節漢、うすつきのそしりはまぬがれませんぜ」
「まぬがれまい」
竜馬は、くるしそうな顔をした。だからこそ昨夜来、心中の苦渋をなめつづけてきたのだ。
「坂本さん、海援隊はいざ倒幕のときには海軍になって江戸に出航する、とおっしゃっていたのはうそですか」
「慶喜しだいさ。慶喜がおれの意見をきかぬとあれば砲弾を満載して長崎を出航してもらう」
「…………」
みな、沈黙した。
が、若い作太郎はなおむしゃくしゃするらしく、
「戦の一字に訴えずんば回天の偉業は遂げられませんよ。古来、歴史がそれを証拠立てている。坂本さん、あなたはながい貴方の同志だった薩長を裏切るのですか」
痛いところだった。薩長の首脳部は徹頭徹尾、主戦論者だった。洋式兵器の砲弾を徳川政権とその与党大名にあびせかけ、かれらを死体にしてからその上に新政権を樹立しようとしている。
ところが。
竜馬のこの奇策をほどこした場合、薩長は敵をうしない、刃のおろしどころがなく、一個の道化役に化してしまうのである。おそるべき策をいえた。
「薩長は気の毒なことになる。しかしおれはかれら薩長の新政権をつくるために働いてきたわけではない」
「えっ」
「日本人のためさ」
と、竜馬はひくい声でいった。そこに革命正義の基点をおくというこの男の独特の思考法は、すでに勝海舟の薫化をうけたころから数年、巨樹のように胸中で育っている。
「坂本さん、あなたは孤児になる」
「覚悟の前さ」
竜馬は、土佐屋の裏から短艇に乗った。隊士六人が、オールをとった。
そこへ中島作太郎が駈けてきて、河岸の石段から短艇に飛び乗り、
「おれにも漕がせてくれ」
と、一本のオールをとった。
竜馬は、艇尾で舵をにぎっている。
「出よう」
というと、六本のオールが、いっせいに中島川の水をしぶかせた。
まだ陽は昇らない。
川口御番所の灯が、わずかに闇の中にうかんでいるだけである。
「坂本さん、先刻はすまんかったです」
中島作太郎が、オールをたわませてのけぞったままの姿勢でいった。
「なにがだ」
「坂本さんが、時勢の孤児になる、と申したこと。孤児はいいすぎだった」
「言いすぎどころか」
竜馬は、夜風の中でいった。
「男子の本懐だろう」
時流の孤児になることは、である。時流はいま、薩長の側に奔りはじめている。それに乗って大事を成すのも快かもしれないが、その流れをすて、風雲のなかに孤立して正義を唱えることのほうが、よほどの勇気が要る。
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